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2013年10月に作成された記事

2013年10月24日 (木)

新選組ロケ風景写真

新選組のロケ風景写真を追加します。

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鳥取東照宮拝殿前の石段で記念撮影。

東照宮と新選組 ベストマッチな取り合わせですな。かっこい~。

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若桜町の土蔵通りをパトロールする新選組。

鳥取藩の河田左久馬とすれ違い、総司が河田に気がつきます。

新選組はどこを歩いてもさまになるなあ。

鳥取で初めて新選組が歩いたところなので、「新選組の社 東照宮」「新選組の里 若桜」と言えましょう。

若桜の小林町長が、若桜名物の弁天まんじゅうを差し入れてくれたので、新選組が食べるシーンを撮りました。弁天まんじゅうは江戸時代にもあったので、大嘘ではないです。

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助監督の加藤さん、照明の亀屋さん。

加藤さんは元々俳優で、師匠は、名俳優の 柄本明さんです。すご~い。

亀屋さんは、鳥取のお祭り男。鳥取城下を盛り上げる実行委員長です。すご~い。

着付け主任の窪田さんは、もっとすご~い。

万事控えめだけど、すごい行動力で、維新の魁の影の助監督です。

超低予算の維新の魁は、こういう方々に支えられて出来上がっております。

2013年10月20日 (日)

天誅!堀庄次郎 第1回ロケ終了

ただ今帰ってまいりました。

第1回ロケ(鳥取東照宮、若桜町)無事終了しました。

東照宮では、雨にたたられ、せっかくの河田左久馬と桂小五郎のシーンが雨の中での撮影になりました。

新選組の東照宮参道行進のシーンのときは小雨でバッチシいい映像が取れました。これは見ものです

おまけに東照宮の唐門の扁額の「東照宮」が新しく掲げられていて、東照宮の門を新選組がくぐるシーンは見ものです。

若桜では雨が上がって、新選組の土蔵群行進シーンは素晴らしい映像が取れました。

近藤勇の池田屋での決めゼリフのシーンもすばらしかった。なんども取り直しましたが、最後は満足のいくものになりました。

河田左久馬の京都弁もさらに磨きがかかって、素晴らしい映画俳優に急激に育ちました。

河田と桂の掛け合いも、二人でそばを食うシーンもすべてモアベターよ!

皆さん本当にお疲れ様でした。

衣装担当の皆さんも本当にお疲れ様でした。

私も腰が疲れました。

監督って本当に超しんどいですけど、超楽しい。

今度は11月2日です。次はいよいよ堀庄次郎の暗殺シーンに挑戦です。やります。

P1170839

鳥取東照宮の唐門をくぐる新選組

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東照宮の中御門で記念写真

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池田屋襲撃、ここで近藤さんの決めゼリフがびしっと決まるまで何度も撮り直しました

役者、スタッフへの連絡

維新の魁スタッフ・役者の皆さんへ

ただいま鳥取は小雨ですが、撮影を決行します。

9時に高齢者福祉センター集合でお願いします。

よろしくお願いします。

2013年10月19日 (土)

天誅!堀庄次郎 第1回ロケ いよいよ明日

準備万端 整いました。

いよいよ、明日 天誅!堀庄次郎 の第1回ロケです。

天気が心配です。午前中は小雨で、昼から雨が上がるみたいですが、少々の雨なら実行あるのみです。

明日は、鳥取東照宮で新選組の行進と中御門で有栖川宮邸門前で桂小五郎と河田左久馬が激論するシーンを撮ります。

昼からは、若桜に上がって、土蔵群を新選組が行進するシーンと民俗資料館で池田屋襲撃と栂尾会議のシーンを撮ります。

多分今晩は高ぶって眠れないと思います。

なんとか良い映像が取れればと願っております。

2013年10月17日 (木)

<マスコミ提供資料>映画 維新の魁-鳥取藩飛翔-最新作「天誅!堀庄次郎」のロケについて

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1 映画の内容

 鳥取勤王党の立役者 堀庄次郎は、12代鳥取藩主 池田慶徳の厚い信任を受けて藩校尚徳館改革に取り組み、水戸学を取り入れ、多くの尊王攘夷の志士を世に送り出しました。そして、大目付となり藩政の舵取りを任されたとき、長州征伐のための兵を出すか否かをめぐり、元治元年9月5日勤王党過激派の若者二人に暗殺されました。明治になり桂小五郎は、庄次郎の死を悔やんだと言われています。今回は、今で言う初代鳥取県知事となる河田左久馬と桂小五郎や新選組との絡み(池田屋事件)も映像化し、今までで最大規模になります。

2 取材可能なロケ地

 平成25年10月20日(日)

 10時半~12時半 新選組の行進(鳥取東照宮)

 14時~17時   池田屋事件(若桜町歴史民俗資料館、たくみの館)

  ※ ロケの具合で若干時間が前後する場合あり。 ※ 雨天中止

3 完成試写会(無料、任意募金受付)

12月 1日(日)10~12時(場所:鳥取県立博物館2階 講堂)

4 一般上映会日程(参加料500円)

12月 8日(日)10~12時、13~15時

12月10日(火)10~12時、13~15時

12月15日(日)10~12時

12月22日(日)10~12時、13~15時

12月25日(水)10~12時、13~15時

12月28日(土)10~12時、13~15時

  1月 5日(日)10~12時、13~15時

  1月12日(日)10~12時、13~15時

  1月14日(火)10~12時、13~15時

※上映場所は全てさざんか会館2階 アクティブとっとり研修室

  (鳥取市富安2丁目1042

<問い合わせ先>映画「維新の魁―鳥取藩飛翔―」製作委員会

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     監督 森本良和 携帯070-5676-0593

2013年10月16日 (水)

最新作エピソード7「天誅!堀庄次郎」の上映会日程

最新作エピソード7「天誅!堀庄次郎」の一般上映会日程(参加料500円)

12月 8日(日)10~12時、13~15時    12月28日(土)10~12時、13~15時

12月10日(火)10~12時、13~15時     1月 5日(日)10~12時、13~15時

12月15日(日)10~12時            1月12日(日)10~12時、13~15時

12月22日(日)10~12時、13~15時     1月14日(火)10~12時、13~15時

12月25日(水)10~12時、13~15時

※上映場所は全てさざんか会館2階 アクティブとっとり研修室(鳥取市富安2丁目1042

最新作 エピソード7「天誅!堀庄次郎」の完成試写会

最新作エピソード7「天誅!堀庄次郎」の完成試写会

(入場無料、任意募金受付)

新選組が襲撃した池田屋に河田左久馬と桂小五郎が居合わせ危機一髪。禁門の変で長州暴発。鳥取勤王党の立役者 堀庄次郎は長州暴発を止めようと画策するも、尊攘急進派の恨みを買い、こともあろうに勤王党過激派の若者二人に命を狙われる。

日時:12月1日(日)10~12時(場所:鳥取県立博物館2階 講堂)

水鳥密約・本圀寺の大激論 映画2本立て上映会

明治維新150周年記念映画 維新の魁―鳥取藩飛翔―

鳥取藩の幕末を再現した史上初の歴史映画

水鳥密約・本圀寺の大激論 上映会

豪華2本立上映会と幕末に活躍した志士の子孫の方々との座談会

 <入場無料、任意募金受付>

あと5年で明治維新150周年を迎えます。鳥取藩は徳川一門でありながら明治維新に貢献し、薩長土肥因と称されたこともある尊王攘夷の雄藩でした。このたび県立博物館の「鳥取藩二十二士と明治維新」企画展に併せて映画を上映し、展示品を見て映画で体感して幕末に活躍した鳥取藩を知っていただきたく無料上映会と子孫の皆さんとの座談会を行います。

日時:平成25年11月23日(土)14:00~16:30

場所:鳥取県立博物館 2階 講堂

<上映映画>

エピソード2 水鳥密約

安政7年3月3日水戸藩浪士が起こした「桜田門外ノ変」に鳥取藩も関わっていた。

エピソード4 本圀寺の大激論

  文久3年7月21日、真夏の京都 本圀寺で鳥取勤王党の立役者 堀 庄次郎と

  佐幕派で藩主側用人 黒部権之介の大激論があった。

  鳥取藩は、尊王攘夷で行くか佐幕で行くか?その結末は・・・

2013年10月15日 (火)

本邦初公開 早川卓之丞の肖像画

一日に3本もブログ記事を書くのも初めてのことですが、書かずにはいられません。

先程まで本圀寺事件で殺された本圀寺五烈士の一人 早川卓之丞のご子孫である美田さんのお宅におじゃましておりました。

美田さんのご好意で、早川家に伝わるお宝を見させていただいたのですが、そこで見たものは、なんと、本邦初公開 早川卓之丞 の肖像画です。

タテヨコ20センチ程度の絵の小さな掛軸ですが、すばらしい。オーラを放っておりました。

綺麗な色彩は約150年前の輝きを保っており、「この方が早川卓之丞さん!」と惚れ惚れするような武士姿でした。

残念ながら写真でお見せすることはできませんが、11月23日から県立博物館で始まる「鳥取藩二十二士と明治維新」特別展で本邦初公開になりますのでお見逃しなく。

合わせて、今回見つかった、卓之丞、二宮一草(卓之丞の実父)、久之助と午之助 兄弟(卓之丞の子)、加藤十次郎の奥さんから卓之丞の奥さんへのお見舞いの手紙などなど、たくさんの手紙類も見つかり、へたをすると歴史が変わってしまうかもしれない?ほどの内容もありそうな感じでした。

これらも特別展で展示されますのでお見逃しなく!

本圀寺事件前の和やかな家族のやり取り、事件後の緊迫した手紙のやり取りなど、これまで語られなかった被害者側の心情がリアルに見て取れます。

このたびの鳥取県立博物館の「鳥取藩二十二士と明治維新」特別展は、全国の幕末ファンと鳥取県民には見逃しチャーならんものになると思います。

私の映画「維新の魁」とあわせてご覧頂いたら、より分かりやすく身近なものに感ぜられると思いますので、映画の方もよろしくお願いします。

上映会の日程は後ほどお知らせします。

最新作「天誅!堀庄次郎」も展示会の期間中に上映できるよう頑張りますので、応援の程宜しくお願いします。

本家山国隊は京都時代祭に参加できないか?

戊辰戦争で大活躍した山国隊は、大正8年を境に京都時代祭に参加しなくなりました。

大正9年以降はその代わりに壬生の方々が維新勤王隊という名称で行進されていますが、そのモデルは山国隊であることは申すまでもありません。

大正時代までは、本物の山国隊士も生きておられ、時代祭では本物の山国隊士が行進されていたそうです。すごい!

で、本家山国隊が行進しなくなって94年が経ち、あと5年で明治維新150年になりますが、その時には99年になります。四捨五入して100年です。

そこで、ご相談があるのですが、明治維新150年となる平成30年の記念すべき京都時代祭に本家山国軍楽隊が参加するということはできないものでしょうか?

誰に相談すればいいのかわからないのでみなさんのお知恵を拝借したいのですが、どうすれば、本家山国隊は時代祭に参加できるのでしょうか?

平成30年の1回だけでも参加していただきたい。

山国の皆さんも頑張っていただきたいし、京都市民の皆さんにも応援していただき、本家山国隊が時代祭に参加し、都大路を正調軍楽で行進する姿を見てみたいのです。

死ぬまでに一ぺんでいいから見てみたいのです。京都の皆さんもそう思われませんか!

人数が足りなければ鳥取藩から応援に行きます!

京都の皆さんどうか協力してください。山国の皆さんを応援してあげてください。

そして、みんなで本家山国隊が都大路を錦旗を掲げ正調軍楽で行進する姿を目に焼き付けようではありませんか。

新選組の小道具も順調です

維新の魁ファンの皆さんお久しぶりです。

この土日は京都山国に行き、毎年恒例の山国軍楽隊の行進に参加してきました。

この度は、私と早川卓之丞のご子孫である美田さんと二人が鳥取藩代表で参加しました。

河田左久馬たちに殺された早川卓之丞のご子孫が、河田が隊長を務めた山国隊の一員になって行進するというのは、内心どう思われたか微妙なものがありますが、戊辰戦争で河田は山国隊とともに手柄を上げて、明治新政府の要人となり、薩長土肥に臆することなく鳥取藩の活躍を政府の文献に残し、鳥取藩が鳥取県たりえた原動力は河田だと思っていますので、早川さんたちの死は絶対無駄ではなかったと断言いたします。

しいて言えば、早川さんたちの死があったからこそ、鳥取に明治維新がもたらされたと言っても過言ではないと思っています。

そう言う意味でも、美田さんが山国隊の軍楽行進に参加されたことは、歴史に残る大事件ということになります。美田さんには都合がつけば来年も一緒に山国に行っていただけたらと思います。

私はこれで4回目の参加になりますが、これまでで最長の距離を歩き、3時頃離脱して鳥取に帰りました。

と言っても、山国の皆さんは6時ころまで行進をされるので、私は全体の1/3ほどしか歩いていません。山国の皆さん申し訳ありません。

錦旗をなびかせながら、ぴーひゃらぴーひゃらの軍楽に合わせて行進すると、気分はすっかり戊辰戦争です。

山国の皆さん、特に軍楽保存会顧問の河崎さんには本当にお世話になりました。また、来年も参加しますのでどうぞよろしくお願いします。

また、今回は河田精之丞の直系のご子孫も初参加され、河田左久馬の隊長服を着て隊の先頭を勇ましく行進されました。

これは歴史に残る出来事です。

あの世の河田左久馬も河田精之丞もご子孫の勇ましいお姿をご覧になりどれほど頼もしく思われたか考えるだけで嬉しく思いました。

是非、来年も参加していただきたいものです。

私の映画にも今回作で初めて河田左久馬が登場しますので、これも何かのご縁と本当に嬉しく思います。

鳥取県東部では、河田左久馬はテロリストのリーダーとしての認識が強すぎ嫌われているのですが、戊辰戦争以後の河田の活躍には目を見張るものがあり、私の映画でその誤解を解き、山国隊とのコラボレーションで河田の名誉回復を果たしたいと思います。

その河田の復権第一弾が今回作の河田の京都弁です。

京都弁の河田が鳥取人に受け入れられなかったのではないか?ということを映画で感じていただきます。

タイトルと違うことを長々と書きましたが、新選組が持つ手槍の制作が進み、新選組らしくなってきましたので乞うご期待です。

K3410415

河田精之丞の直系のご子孫と緊張の一枚。

初対面でしたが、礼節をわきまえ品格もありとてもいい青年で、維新の志士 河田左久馬と精之丞の血を引くにふさわしい方でした。

いつか、鳥取にも来ていただき、河田左久馬の名誉挽回に一役買っていただけたらと願っております。

河田左久馬は、鳥取には嫌われながらも、終生 鳥取のために尽力された方です。

鳥取の大恩人と言っても過言ではありません。

2013年10月11日 (金)

次々回作は「天下の兄弟喧嘩」に決定!

維新の魁ファンの皆さんお早うございます。監督の森本です。

いま朝の4時ですが、お目目パッチリです。

一旦目が覚めて、次々回作を何にするか考えていたら眠れなくなってしまいました。

そこで、決めました。次の次は「天下の兄弟喧嘩」にします。エピソード3になります。

これは、文久2年11月に鳥取藩主 池田慶徳が孝明天皇の命を受けて江戸城に乗り込み、公武合体・攘夷決行について弟の一橋慶喜と直談判に及ぶも、決裂し、あわや取っ組み合いの兄弟喧嘩に発展しかけたところを老中たちに「まあまあまあ」と止められたエピソードを世界で初めて映像にするものです。

主な登場人物は、池田慶徳、一橋慶喜、武田耕雲斎、孝明天皇、三条実美、田村貞彦、堀庄次郎、安達清一郎、正墻薫です。

ついに慶徳・慶喜兄弟が登場します。この二人は、水戸斉昭の腹違いの5男・7男で、3ヶ月しか離れていないので、ほとんど双子状態です。

武田耕雲斎も初登場。水戸の方々には喜んでいただけると思います。

孝明天皇も三条実美も初登場。京都の方々には喜んでいただけると思います。

田村は2回目、堀、安達は常連さんです。

正墻薫はかなりレアです。鳥取勤王党の重要人物ですが、ほとんど誰も知りません。お墓は鳥取市湯所の最勝院にあります。

御所の風景や江戸城内の風景が必要です。ロケをどこでしようかなあ~。考えるだけでワクワクしますなあ。

いや~映画作りってほんに楽しいもんだっちゃ。そんならまたみんなで一緒に楽しまーで。

さいなら、さいなら、さいなら。(鳥取弁?)

2013年10月 7日 (月)

ロケ現地での立ち稽古の模様

10月6日、さわやかな秋晴れのもと 映画 維新の魁 ―鳥取藩飛翔―エピソード7 天誅!堀庄次郎 のロケ現地での立ち稽古を行いました。

何名か仕事の都合で来られない方もいましたが、代役を立てて、半日でほぼ全てのロケ先を回ることができました。

参加いただいた皆さんありがとうございました。

堀庄次郎と武子が自宅でお茶を飲むシーンの指導には、本物の茶道の先生が指導に来て下さり、本当に助かりました。

武子さんの丸髷は、河原町の美容師さんが100均のつけ毛で作ることに挑戦してもらっていて、色々な人の応援で毎回進化を続けている映画製作です。

こうして、鳥取県民の 鳥取県民による 鳥取県民のための映画が出来上がっていくんだなあと実感します。

立ち稽古の様子を何枚か紹介します。

会議室でのセリフ合わせと違って、動作が入っての練習なので、本番さながらでみなさん気合が入っていました。

もう少しで 映画俳優デビューですよ~

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堀庄次郎と武子の歓談シーン

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栂尾会議のシーン、右上が河田左久馬(京都弁)

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池田屋襲撃のシーン、真ん中が近藤勇

「新選組だ。御用改めである。」かっこいい!

ここは、新選組隊士にもっと左右に広がってもらおうと思います。

Photo_4
池田屋の階段駆け上がりシーン、先頭は近藤勇

本番では壁の額は外します。


2013年10月 5日 (土)

河田左久馬は京都弁がよく似合う2

京都府右京区周山から山国隊のご子孫 高室さんにわざわざ鳥取にお越しいただき、河田左久馬 役の林さんへの京都弁指導をしていただきました。

初めに台本の河田のセリフを京都弁に翻訳し、林さんが自分の台本に写し取って、イントネーションの指導を受け、2度ほどセリフ合わせを行いました。

林さんは若いので飲み込みも早く、2度3度とセリフ練習をするたびに京都弁が馴染んで行きました。これで河田左久馬の京都弁はバッチシです。

京都弁の河田左久馬に乞うご期待!

都合が悪くてこられなかった桂小五郎役を野際さんが引き受けてくれて、その他の役は私が代役をして、私は念願の近藤勇の代役をしました。

「亭主はいるか?新選組だ。御用改めである。」

かーっ、何度言っても惚れ惚れするセリフです。

高室さんには、池田屋惣兵衛の「お2階のお客さん~御用改めどすえ~」のセリフを感情たっぷりに言っていただき、声優デビューを果たしていただきました。

映画で姿はありませんが声で出演してもらいます。

また、衣装合わせができていなかった、馬屋原二郎、土方歳三、まだ名前をつけていない志士、河田左久馬の4人の着付けを衣装主任の窪田さんにしてもらって、主要人物の家紋付けも行い、衣装は準備万端になりました。

私は、終盤に入って生あくびが多発しだして、肩が凝って、頭が痛くなり始め、高室さんをホテルにお送りしたあたりで急激に気持ちが悪くなり、家に帰って薬を飲まなければ!と、自宅に帰ったとたん、おえーっと、ギリギリセーフでトイレに駆け込み何度もゲロってしまいました。

以前からたまに肩こりで戻すことはあったのですが、今回のは急激で、動けなくなり、ついさっき9時ころ目が覚め、生き返りました。

一体なんだったのでしょう?こんな急激なのは初めてでした。

明日のロケ現場での立ち稽古には支障ない程度に復活しましたので一安心ですが、これまで「維新の魁全10作を見たかったら長生きしてください。」と言っていた監督自身が元気でいなかったら10作作れなくなってしまうので、やっぱり健康が一番と再認識しました。

みなさんも季節の変わり目なので風邪などひかないようご自愛ください。

2013年10月 4日 (金)

河田左久馬は京都弁がよく似合う

明日、京都から山国隊のご子孫で友人の高室さんがわざわざ鳥取に来てくれます。

河田左久馬を演じる林さんの京都弁指導のために来てくれるのです。

河田左久馬は、なぜ鳥取人に嫌われるのか?

河田左久馬は、なぜ山国隊の皆さんに好かれたのか?

河田左久馬は、鳥取と京都とではその評価がまるで正反対なのです。

なぜ~???

映画を作って初めてわかったのですが、言葉に原因があるのではないか?

150年前の鳥取人が京都弁の河田左久馬を受け入れることができたでしょうか?

山国隊の皆さんにしてみれば、隊長さんが京都弁で喋ってくれたら、意思の疎通もはかどるし、信頼度も鳥取弁の鳥取藩士よりも、京都弁の鳥取藩士 河田左久馬の方が馬が合ったに違いありません。

ということで、次回作から新登場の 鳥取藩士で京都留守居役で、坂本龍馬の蝦夷地開拓構想の相談相手で、桂小五郎の盟友で、本圀寺事件の首謀者 河田左久馬 は京都弁でしゃべります。

京都弁の河田を見れば「そーゆーことでござったか~」と、河田左久馬を見直すきっかけになると思います。

150年前の言葉の壁は、想像異常に厳しかった・・・ と。

2013年10月 3日 (木)

ちょんまげの詰め合わせ

堀庄次郎と土方歳三の総髪ちょんまげが完成した。回を重ねて3回目にして軽量、ズレなしの進化形総髪ちょんまげにたどり着いた。

あわせて普通のちょんまげも10個完成した。これも超軽量、取付簡単の進化形ちょんまげにたどり着いた。

ちょんまげで商売ができるくらいだ。

で、これらを大きめの菓子箱に入れて居間に入れて置いていたら、仕事帰りの娘が居間に入るなり「わーいお菓子だ~」と、箱を開けてビックリ。

ちょんまげの詰め合わせ~。

どこの家庭にちょんまげの詰め合わせが居間に置いてある家が有りましょう?

私は監督 兼 ちょんまげ職人なのであります。

あすは余裕で、予備のちょんまげを作りま~す。

2013年10月 1日 (火)

ももちが手術を終えて帰ってきました

今回も映画製作とは関係ないですけど、愛犬ももちが鳥取大学農学部附属動物医療センターから帰ってきました。

骨盤骨折の接合手術を終えてももちが帰ってきました~。

もう踏まれんようにしんさいよ!(鳥取弁)

ももちの勇姿

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お尻の毛が剃られて大きな絆創膏が貼ってあります。

ももちのお尻のお毛毛がマルガリータ。

乙女なので恥ずかしいワン。

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