河田左久馬は京都弁がよく似合う
明日、京都から山国隊のご子孫で友人の高室さんがわざわざ鳥取に来てくれます。
河田左久馬を演じる林さんの京都弁指導のために来てくれるのです。
河田左久馬は、なぜ鳥取人に嫌われるのか?
河田左久馬は、なぜ山国隊の皆さんに好かれたのか?
河田左久馬は、鳥取と京都とではその評価がまるで正反対なのです。
なぜ~???
映画を作って初めてわかったのですが、言葉に原因があるのではないか?
150年前の鳥取人が京都弁の河田左久馬を受け入れることができたでしょうか?
山国隊の皆さんにしてみれば、隊長さんが京都弁で喋ってくれたら、意思の疎通もはかどるし、信頼度も鳥取弁の鳥取藩士よりも、京都弁の鳥取藩士 河田左久馬の方が馬が合ったに違いありません。
ということで、次回作から新登場の 鳥取藩士で京都留守居役で、坂本龍馬の蝦夷地開拓構想の相談相手で、桂小五郎の盟友で、本圀寺事件の首謀者 河田左久馬 は京都弁でしゃべります。
京都弁の河田を見れば「そーゆーことでござったか~」と、河田左久馬を見直すきっかけになると思います。
150年前の言葉の壁は、想像異常に厳しかった・・・ と。
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