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2013年12月22日 (日)

砂川哲夫 先生のご冥福をお祈りいたします。

私が2年前に初めて作った映画「本圀寺の大激論」を製作する際、私の背中を押してくれたのが、演出家の砂川哲夫先生です。

映画のえの字も脚本のきゃの字も演出のえの字も知らなかった私が大胆にも10編から成る映画 維新の魁を制作する決心をした私の背中を押してくれたのが、砂川先生です。

「先生、映画を作りましょう。」と持ちかけて「OK」をもらうまでふた月ほどかかりました。

その甲斐あって第1作の本圀寺の大激論のロケには、観音院まで駆けつけていただき、演技指導をしていただき、それをすぐそばで見て「そうか~そういうふうにやるのか~」と砂川流をゲットさせていただきました。

残念ながら、2作目の水鳥密約の際には、先生はこけて腰を痛めて起き上げれない状態に陥り、ロケ先での指導はしてもらえませんでしたが、最近は元気になって一人で買い物にも行けるほどになったと聞いていたのに、一昨日、突然、亡くなられました。

さきほど、先生に会ってきましたが、まるで眠っているようで、ご本人も自分が死んでしまったことに気がついていないかもと思われるような安らかな寝顔でした。

先生に感謝とさよならを大きな声で告げてきました。

私は演劇界の人間ではなく、演劇とは似て非なる映画界の人間で、しかも2年前まで県職員でしたので、先生も「おもしろいやつだなあ」と思われていたかもしれません。

先生も元県職員だったので、そこのところは何か通じ合えるものがあったような。それでいて、なんか普通の県職員ではないところが、先生には遠く及びませんけど、共感し合えたところがあったような、上手く言い表せませんが、おじいちゃんのような感じでした。

こんなことなら一度会って鳥取市役所のレインボーでコーヒーを飲みながら鳥取40連隊の話をもっと聞いておけばよかった。本当に後の祭りです。

ご冥福をお祈りいたします。

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