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2014年2月15日 (土)

水戸は遠くて近くて、近くて遠くて、実は鳥取の原点

またまた、水戸の話題である。

今日、電子チラシのボックスに「じつはいばらき」というじゃらんのチラシがあったので、気になり開いてみた。

なんだか、胸に迫るものがない。「一生に一度は茨城に行かないと後悔するな。いつ行くか?今でしょ!」ってな感じにならない。

まあ、そのうち行くかもしれない。程度の社交辞令的な感想だ。

なぜ、幕末の鳥取と水戸が兄弟藩、親子藩であることを前面に出さないのかなあ。残念でならない。

水戸がなければ、水戸学が鳥取に入らなければ、鳥取はただの徳川一門の外様大名として明治維新の際に「鳥取県」という県名は残らなかったと思っている。

水戸弘道館にならって藩校尚徳館に水戸学を入れ、多くの若者が尊王攘夷派に染まったのが現在の鳥取県の基礎になっている。

いわば、水戸は近代鳥取の原点なのだ。

本来なら、「この紋所が目に入らぬか~。」の決めゼリフは、鳥取県民に向けて発せられているようなものだ。突き詰めれば水戸のおかげで今の鳥取県があるのだ。

まだまだ、鳥取は水戸のことを知らないし、水戸も鳥取のことを知らない。

鳥取と水戸の歴史を知らないから、この程度のチラシしかできないのかもしれないなあ。

私の水戸の知人達は歴史を大切にして、映画桜田門外ノ変には、鳥取城下が2~3度出てきて、大沢たかお演ずる関鉄之介と鳥取藩剣術指南役 稲葉との一騎打ちのシーンまである。たぶん、高砂屋のあたりが決闘場所である。

残念なのは、映画桜田門外ノ変は鳥取市では上映されていないんだよなあ。だから、知らないのもやむを得ないけど。いい機会だから、鳥取で上映会しては如何か?

なぜ、そんな切り口で鳥取に水戸を売り込まないのかなあ。

私も鳥取で水戸・水戸と叫んでいるが、いまいち反応が薄いんだよなあ。

これからは、黒木龍馬会の関係で長崎と大分も叫びだすんだけど、観光振興にも歴史的な絆を前面に出すと厚みが出ると思うんだけどなあ。

観光振興関係者に歴史的知識を持つ人がいないから、そういう観点が欠如するんだと思う。

あっ、水戸にも鳥取の電子観光チラシが送られてると思うけど、歴史的な切り口で書かれているかなあ?心配になってきた。たぶん書いてないだろうなあ。

宝の持ち腐れだなあ。

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