戦艦武蔵 艦長 猪口中将の墓参りをしてきました
戦艦武蔵の最後の艦長 猪口敏平中将のお墓が鳥取市賀露(かろ)の東善寺にあるので、墓参りをしてきました。
たぶん、鳥取の方は、戦艦武蔵の艦長さんのお墓が鳥取にあるとは思いもよらなかったことと思いますが、あるんです。
武蔵は、とかく戦艦大和の影に隠れて、注目度が低いですが、武蔵も壮絶な最期を遂げている点では、大和に引けをとりません。
しかも、猪口艦長は、他の乗組員をすべて下ろして、一人責任をとって艦と共にシブヤン海に沈んでおられます。
まるで、豊臣秀吉の鳥取城攻めの際、吉川経家が家臣領民の命と引き換えに一人切腹したごとくです。
そういえば、岡田資中将も他の若い兵隊の責任をすべて一人でかぶって、刑場の露と消えました。
部下の責任をすべてかぶって死に望むのは、鳥取DNAです。すごいなあ~。僕はようせん。
墓石には、10日後に特攻で戦死した息子の智大尉ともう一人 猪口迪夫 陸軍大尉という方が中将と一緒に眠っておられました。
中将の息子さんでしょうか?
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