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2014年10月に作成された記事

2014年10月28日 (火)

<維新の魁>映画最新作 倒幕の魁 ロケ本番迫る(報道提供資料)

映画維新の魁-鳥取藩飛翔-エピソード6倒幕の魁のロケを若桜町で行います

1 映画製作の趣旨

  幕末の鳥取藩は、尊王攘夷の主唱者で徳川御三家の水戸藩主 徳川斉昭の五男池田慶徳を藩主に向かえ、教育、財政、軍制を改革し、大砲を鋳造し台場を整え、大阪天保山沖の英船に砲撃を加え長州藩に次いで攘夷を実行した。

藩校尚徳館や景山塾から多くの人材を輩出し、京都を舞台に桂小五郎、坂本龍馬など多くの志士と交わり尊王攘夷の雄藩と目され、桜田門外ノ変、天誅組ノ変、生野ノ変、等持院事件など多くの倒幕事件に関わり、鳥羽伏見の戦いでは徳川一門ながら真っ先に官軍に加勢し明治維新の原動力となるも、鳥取藩の活躍は忘却され現在に至る。

  あと4年(平成30年)で明治維新150周年の節目を迎えるに当たり、鳥取藩激動の幕末維新史を映像で再現することにより、郷土の誇りを取り戻す。

 

2 映画全体の概要

  池田慶徳が鳥取藩主になった嘉永3年から鳥取藩13番隊山国隊が京都に凱旋する明治2年までの約20年を10のエピソードに分け、1年に2話づつ製作・公開し、平成30年の明治維新150周年に完全版にします。作品は1話当たり40分程度の短編で、完全版では6時間程度になる予定。今回で5作目。

 

3 今回作「倒幕の魁」あらすじ

  幕末に徳川幕府を揺るがせた倒幕事件がいくつか起きた。足利幕府将軍3代の木像の首を三条河原に晒して倒幕をアピールした等持院事件、大和行幸の先駆けたらんと蜂起した天誅組ノ変、その天誅組を支援するするために蜂起した生野ノ変。これらの倒幕事件に関わった鳥取藩出身者たちは、戦いに敗れ、鳥取へと敗走する途中捕らわれ死んでいった。

  特に勤王烈士 尾崎孝基の脱藩シーンは子孫に伝わる伝承を元に初の映像化。

4 ロケ地と時間

  11時すぎ   若桜町道の駅「桜ん坊」駐車場に集合

  11~13時  蓮教寺(蔵通り)、ダイニングカフェ新(仮屋通り)、八東川庄の瀬川辺

  14~16時  若桜郷土文化の里(三百田住宅)

5 完成上映会

  完成試写会12月7日(日)10~12時 鳥取県立博物館2階講堂(無料) 

  上映会  12月中に10回程度さざんか会館2階大会議室にて上映(500円)

6 制作費

  20万円程度(役者、スタッフの皆さんはすべてボランティア)

  平成26年10月28日

        映画「維新の鳥取藩飛翔」製作委員会 監督 森本良和

2014年10月25日 (土)

久松山の頂上に鳥取城が出現!10月25日は吉川経家が切腹した日

さきほど外に出てみると、真っ暗な暗闇の中に電飾のお城が出現しているではありませんか。鳥取市のシンボル久松山の頂上に。

しかも、本日、10月25日は吉川経家が切腹した日。
天正9年10月25日は鳥取市民は忘れてはならない日なんです。
自分の命と引き換えに城中の人民の命を救ってくれた経家さんに感謝する日なんです。
この日に久松山の頂上にお城を再建するなんて、素晴らしい!
たとえそれが電飾のお城であっても男気を感じます。
鳥取にこんな人がいたなんて、かっこいい!
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2014年10月18日 (土)

<黒木龍馬会>水戸天狗党終焉の地 敦賀に大集合

10月15~16日と福井県敦賀に行ってきました。

私の映画にも出てくる武田耕雲斎率いる水戸天狗党終焉の地です。
今年が天狗党蜂起150周年です。
尊王攘夷の志を天皇に直訴するために水戸から1000キロも離れた敦賀までやってきた828人が元治元年12月17日に加賀藩に投降し、翌元治2年353人が斬首された。
このときの幕府の司令官は、田沼意次のひ孫の意尊(おきたか)である。
この日集まったのは、水戸から4人(桜田烈士 鯉渕要人の子孫とその仲間)、京都から山国隊の子孫、大津から河田左久馬の弟 河田精之丞の子孫、黒木龍馬会会長で本圀寺事件の被害者 早川卓之丞の子孫 美田会長、そして志士の子孫でもなんでもないけど、本圀寺事件の被害者 黒部権之介の屋敷跡に家を建てて住んでいる私映画監督夫妻の9人が大集合して敦賀調査が始まりました。
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武田耕雲斎銅像の前で、後ろの土盛が天狗党353人分のお墓。これはもう虐殺です。
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武田耕雲斎銅像(本人の自画像がモデル)
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鳥取藩士 河田弘吉郎(河田左久馬の弟)と北垣国道(維新後琵琶湖疏水を作った府知事になる)が慶応4年7月に献上した石灯篭(右側には備前藩家老土倉さんが立てた石灯篭もある。岡山の方は要注目)
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美田会長が発見した鳥取藩京都詰家老 荒尾駿河が献上した石灯篭、荒尾駿河は鳥羽伏見の戦いに鳥取藩が薩長軍に参陣することを決断した名家老(この石灯篭は世紀の大発見です。壊れているので、修復して元の場所に置きたいと思います)
敦賀の皆さん これ 捨てないでね。
それにしても、鳥取藩士が水戸天狗党のために慶応4年7月の戊辰戦争でクソ忙しい時期に石灯篭を献上するほど、水戸と鳥取は縁が深かったとは!
岡山藩も藩主は池田茂政といって、水戸の徳川斉昭の息子で鳥取の池田慶徳とは同母(側室)の兄弟。慶喜は腹違い(正妻)の兄弟。
水戸・鳥取・敦賀・岡山の新たな歴史が今始まった。
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天狗党が捕まり、ふんどし一丁で閉じ込められたニシン倉。今は資料展示場。
窓は閉じられて、真っ暗な中に50人づつ閉じ込められたそうです。
ご飯は、一日おにぎり一個と水一杯で、多くの人が病死したそうです。
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天狗党が陣を構えた新保(しんぽ)の陣屋の門、この裏に屋敷の一部分が残されている。
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武田耕雲斎の子 金次郎ら200人が准藩士としてお世話になった国吉城で。
ここで2年間お世話になり維新を向かえ、新政府にお願いして官軍となり、水戸の諸生党を征伐するために帰郷する。金次郎は諸生党殲滅のため徹底した諸生党狩りを行う。
やられたらやり返す、100倍返しだ!
ということで、水戸の内紛は後世にまで禍根を残します。本当に残念。本当の維新の魁は水戸なのに。
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小浜藩が新たに作った屋敷跡、ここに4棟の屋敷があって、武田金次郎ら200人が2年間過ごした。
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鳥取に帰る途中の体育館で恐竜展をやっていた。福井勝山の恐竜博物館の出張展示だった。ラッキー。スピノサウルスの全身骨格。こわ~い。

2014年10月 4日 (土)

<黒木龍馬会>龍馬祭シャモ鍋会の応募状況

鳥取龍馬祭のシャモ鍋を作る会の応募状況。

10月4日現在で12人に達しました。
あと8人になりましたので、お早めに申込いただきますようお願いします。

2014年10月 2日 (木)

<黒木龍馬会>第8回黒木龍馬会のお知らせ

今年最後の黒木龍馬会を次の通り開催いたします。奮ってご参加ください。

日時:12月27日(土)
    15時~ 黒木龍馬会3役による対談(龍馬と鳥取藩士の新たな関係が明らかになる)
    18時~ 忘年会(場所・料金は未定)
場所:さざんか会館2階大研修室
黒木龍馬会を今年4月19日に立ち上げて、龍馬のカステイラ復元、長崎龍馬会との交流、ワイルウェフ号沈没の長崎五島列島江の浜から石を採取し、11月15日には鳥取史上初の龍馬祭を開催します。この一年の反省をし、これからの活動について、会長、副会長、事務局長が語りつくします。
副会長のご先祖は、神戸海軍操練所で龍馬と共に訓練に励んだ吉岡平之進です。
龍馬との関係について新事実が公表されるかもしれません!乞うご期待。
なお、この日は、10時~、13時~の2回、映画最新作「倒幕の魁」の上映会もあります。(参加費500円)

<黒木龍馬会>龍馬祭のシャモ鍋会予約状況

11月15日鳥取龍馬祭のシャモ鍋を造って食べる会は定員20人の完全予約制先着順となっていますが、現在のところ、既に8人の申込がありましたので、あと12人しか席がありません。興味がある方はお早めに予約をお願いします。

10月3日現在 9人になりました。あと11人しか席がありません。

シャモ鍋はこじゃんとうまいぜよ!

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