明けましておめでとうございます
平成28年(2016年)あけましておめでとうございます。
年が明けて、平成30年の明治維新150周年まであと2年となりました。
従来、明治維新の功労者は薩長土肥といわれていますが、幕末から維新にかけての20年間に安政の大獄、桜田門外の変、八・一八の政変、天誅組の変、生野の変、禁門の変、大政奉還、鳥羽伏見の戦いなど実に多くの事件が勃発し多くの藩が関わっています。
その筆頭が徳川御三家の水戸藩です。
水戸の徳川斉昭は尊王攘夷の主唱者で藤田東湖、戸田忠太夫、会沢正志斎など優秀な家臣が支え、その五男が鳥取の池田慶徳、七男が将軍徳川慶喜、九男が岡山の池田茂政です。
水戸藩は尊王攘夷総本山として幕末の中心的存在でしたが、戊辰戦争時は藩内の権力争いで優秀な人材は死に絶え賊軍として維新を迎え、ゆえに幕末の魁・維新の殿(しんがり)といわれています。しかし、薩摩も長州も水戸の影響を大きく受けており精神的に水戸藩は官軍中の官軍であると私は考えています。
慶応4年1月3日に勃発した鳥羽伏見の戦いで、勝ち馬に乗ろうと様子見していた各藩を差し置いて薩長軍に加勢した鳥取藩と岡山藩のことを大久保利通は5日の薩摩への手紙で「鳥取と岡山は間違いなく官軍である」と感動的に書き送っています。
現在工事中の鳥取城追手門復元工事は平成30年に完成予定です。驚いたことに水戸城追手門復元工事も同年完成予定です。
偶然とはいえ、これほど歴史的な出来事はないと考えます。
鳥羽伏見の戦い以前の明治維新の功労者である「水薩長因備」をいつ提唱するか?
今でしょう!
このことを映画で表明するために今年は維新の魁を2本制作します。
皆様のご支援ご協力をお願い申し上げます。
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